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山極壽一 京都大学総長の名言から世相を解析

山極総長名言:進化論


山極壽一(やまぎわじゅいち)京都大学総長の名言。

「ヒトは世界で一種、今は停滞期、今後変わるとするとバーと全体が変わるのでは」以下「」内は、ほぼ総長の名言。

京都大学名誉教授だった今西 錦司の進化論と同じですね。ヨハネの黙示録(第6章第9節抜粋)にも同じことが書かれています。

キリスト教確立のために殺された人々の魂が叫んだ。「主よ、いつまでも裁きを行わず、地に住む者にわたしたちの血の復讐をなさらないのですか」。

すると、自分たちと同じように殺されようとしている兄弟であり、仲間の僕である者たちの数が満ちるまで、なお、しばらく静かに待つようにと告げられた。

まさに、復讐するは我(神)にあり。

天網恢恢疎にして漏らさず。因果応報。摂理であるがゆえに、必ず実行される報復劇。売国奴たちよ震えて眠れ。地の裁きの時は短いが、天の裁きの時は恐ろしく長い。

罪は蓄積された後に爆発するもの。
進化もそのようなもので、蓄積された後に一挙に爆発する。

多様性を否定する社会は非創造的な社会

「個人に一つの能力だけを期待し、それを果たせない人々を見捨てようとする社会は生きづらいし、創造の精神は発揮できない」

織田信長名言。

「いつの時代も変わり者が世の中を変える。異端者を受け入れる器量が武将には必要である」

信長は大の相撲好き。
戦闘ホルモン満タンの攻撃型。

異端者云々の構図は、田舎型と都会型の構図と同じです。

田舎型は異端を排除する。異端は部族の災いの種となりやすいから。同じ方向性の人たち同士なら安定した協力作業が可能になる。これが祭りの原点になっている。

お祭り騒ぎが好きか嫌いかで田舎型と都会型が判定できる。

一方、都会は田舎に比べて競争が激しい。安定志向のままでは、すぐに負け組に転落してしまう。そこで、一番重要なのが情報になる。新しい情報、新しい価値観。これを得たものが勝者のグループに参入できる。

だから、変わり者や異端者は、距離を置かれるだろうけど、決して排除されない。むしろ、歓迎されたり、リスペクトされたりする。

それでも、変わり者は変わり者、異端者は異端者である。

山極総長は、そのような集まりである京都大学をこう評価している。

「京大っていうのは猛獣ぞろいです。この猛獣というのは、それぞれ世界の最先端に立って活躍している人達のことです」

安定志向の絆も強い力を発揮する

しかし、それだけでは限界が見えてくる。

「新しい発見をしたい、未知の世界を見たい、常識を変えたいという気持ちが科学への興味を高めるのであって、科学が職業を約束するわけではない。常識を飛び越えると、何かが見えてくる」

「忘れてはならないのは自分と考えの違う人の意見をしっかりと聴くこと。自分を支持してくれる人の意見ばかりを聞いていては、やがて裸の王様になって判断が鈍る」

田舎と都会、この境界線が難しい。

都会偏重型になると、こうした心を隠したモンスターが増殖されてしまう懸念も大きい。

そのように考えると、田舎型(伝統:縄文人気質)と都会型(先進:弥生人気質)が上手く融合している日本は、世界的にレアな民族かもしれない。

図表は、アルコールを無害化するALDHを持つN型遺伝子(ALDH2*1頻度:縄文人)による日本分布図。製作者は筑波大学社会医学系助教授・原田勝二(はらだしょうじ)氏。

この図表は、アルコール好き、及び酒に強い人の分布図ともいえる。緑色の濃い方が縄文系。

歴史的に、西のエリアが日本の政治、経済の中心地になっているからには、日本が弥生人によって主導されてきたことがわかる。

しかし、実際は、このバランスが凄く難しい。
家族主義と孤独主義を両立させるぐらい難しい。

そこが、人類の悩みであり面白さでもあるのだけど……。

とりあえず、これからの日本では、侵略略奪中共民族(中国とは少し違う)と反日浸食の韓国・朝鮮民族との戦いが繰り広げられることになるようなので、大和民族の結託が求められる。

もしかしたら、これも進化の一環になるかもしれない。
進化は、戦いを通してしか推進されないものだから。

子育ては本能なのか?

山極総長名言。

「子育てというのは、よく本能だと言われてますけれども、決して本能ではなくて、自分の経験と他の人がやっていることを見て学習するもの」

「子育ての衝動」は本能的なものでしょう。
学習するのも、教育するのも本能の衝動でしょう。

免疫細胞だって、正常な細胞と異物を見分けたり、異物を殺したりする方法を「虎の穴」で学びますからね。

宗教との対話は必要

「私がぜひやりたいと思っているのは科学と宗教の対話です」

歴史と宗教は常にセットです。
宗教の大きな流れは3つ。

1)一家繁栄のための生殖を重視した物質信仰(主神は月)

今でも引き継がれていますね。
子孫繁栄とか。
超古代の感性ですが。

2)種族繁栄のための豊穣を重視した太陽神信仰

転生輪廻思想の原点ですね。エジプトのピラミッドを象徴とするラー信仰と天孫降臨の神道が二大太陽神信仰です。

但し、Raも天照大御神も、かつて存在しており、いまも実在されている実体ですが……。

3)物質信仰から進展した霊肉二元論的宗教

キリスト教と仏教ですね。但し、新約聖書において、双方とも、終わりの時が預言されています。

今は、既に終わった時代です。
だから、世界が混沌に包まれているのかも。

従って、現時点では、必要とされるのは、「科学と宗教」ではなく、「科学と魂魄(量子体:光子と電子)」の対話になるかもしれません。

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共感力と同調圧力

「共感力を高めてこれだけ大きな社会をつくることができるようになったと思いますね。宗教の起源もそうした共感力と関係していると思います」

「世界や日本の歴史にも通じ、有識者たりうる質の高い知識を持っていなければ、国際的な舞台でリーダーシップを発揮できません」

ここにも田舎型と都会型が顔を覗かせる。

この微妙な差は、男と女の違いを通して理解できるかもしれない。

村を守り続けてきた女性には、同調圧力が求められ、その名残がマウンティング気質に繋がっているかもしれない。

ハイヒールはパリの街に撒かれていた糞尿を避ける工夫の産物なのだけど、今では、優越を示唆するツールに変換されている。外反母趾になって、中高年以降、凄く痛い思いをする人生を強いられるのにね。

一方、役割分担の狩りを必要とした男性には、無言で通じる共感力が求められた。ライオンでもやっている方法ですが。

猿的マウンティングを排除したフラットな世界

「階層がなくなることで新しいものが生まれると考える文化は京都大学にもあります。最たるものが学生が教員を「先生」と呼ばない風土。特に理学部と文学部はこの傾向が強いですね。学生は皆、私のことを「山極さん」と呼びます。研究の現場では教員と学生の関係は対等でありたいという考えの表れでしょう」

私もリーマン時代、部長を○○さんと呼び続けていたら、突如、呼び出されて、「部長と呼ぶように」と叱られた。

こういうのって、物の見方、考え方なんだけど。

「親しみやすさのある部長」と「権威を示す部長」のどちらが、自分にとって有利な選択なのか。

先生という敬称を付けて呼び合うティール組織がある。企業の特質や職務の特性もあるだろうから、外部の人間がどうこういう話ではないけれど、共感力は皆無、といっていいほど、話が弾まない。

モンスターも多数生息している。

リーダーの条件

「今、企業が国際人材に求めているのは、プロジェクトをオーガナイズする力でしょう。いろんな分野に理解があり、なおかつ人を引きつけていろんな人のプランを聞き、そこで最善のものを選び出しつくっていく素質が必要だと思うんです。それが真のリーダーでしょうね」

「リーダーに求められる資質は2つあります。他者を感動させる力と、危機管理能力です。私はきちんと現場を尊重してやっていきたい。ガバナンスというのはそういうものだと思う」

占術師の私としては、リーダーには2つのタイプがあると認識している。

一つは、饒舌で活発な織田信長型

独自の発想力と過激な実践力で、「他者を感動させる力」を持つ現場主義者だけど、「いろんな人のプランを聞き、そこで最善のものを選び出しつくっていく素質」は持っていない。

しかし、この種の能力は必要なので、その足りない能力を、氏素性の知れない者たち(代表的なのが忍者というプロフェッショナル)を雇用して補った。

これも、「人を用ふるの者は、能否を択ぶべし、何ぞ新故を論ぜん」という信長の名言にみられるように、家柄や年功序列的な伝統を否定し続けた信長の信念がもたらした偉業といえる。

一夜城、馬防策、水攻めの堤防、鉄甲船などは、全て忍者たちによる業績である。

もう一つは、寡黙で慎重な危機管理能力が卓越していた徳川家康型

信長とは真逆の伝統重視、仲間内重視の田舎型。
そこに底なしの耐久力が付随する。

家康の名言。
「不自由を常と思えば不足なし。人の一生は、重荷を負うて遠き道をゆくがごとし。急ぐべからず。戦いでは強い者が勝つ。辛抱の強い者が」

ちなみに、家康絡みの華々しい浮世絵は存在しない。
革新的なことは何もしていないという証左になる。
江戸の街の建設以外には。

三河武士は、江戸時代の三河大絶賛印象操作とは逆に、戦いには弱かったが、土木工事には強かった?

信長型、家康型、共に長短はあれど、ガバナンス能力は卓越していた。

ちなみに、「いろんな分野に理解があり、なおかつ人を引きつけていろんな人のプランを聞き、そこで最善のものを選び出しつくっていく素質」については豊臣秀吉が卓越していたが、彼はリーダータイプではなく、調整を得意とするプロデューサータイプ、と私は考えています。