戦国時代と忍者の正体

戦国時代の華は忍者だった。
しかし、忍者の実態は、ほとんど知られていない。

なぜなら、「忍者であること」は身内にも知られてはいけなかったからである。

その代わり、彼らは高額で雇われた。
今の年収に換算しておよそ800万円とする説もある。

小説や漫画などでは、忍者には上忍と下忍がいると想定されているが、事実かどうか定かではない。

忍者に格があるとすれば、つぎの三つに分類される。

(1)鉄砲を用いるなどの武芸系雇用型の忍者。

(2)薬草、医術や和歌、俳句、将棋、囲碁などの教養を武器に相手の懐に入って情報を収集したり、攪乱する知性系忍者。「すっぱ抜く」の語源となった素波(すっぱ)と呼ばれる忍者たち。

(3)修験道系の秘術を習得した霊力系忍者。
この三つの形態が考えられる。

(1)の労働系忍者は、平和になると役目を喪失し、多くは農民に戻ったり、盗賊になったりした。

雑賀衆の頭目、雑賀孫一(鈴木孫一)もこのタイプの忍者で、鉄砲隊を率いる、現在の課長クラスとして雇われていた。頭目で課長レベルなので、それ以下の者たちの扱いはおのずと推測できる。

葛飾北斎が描いた忍者も、この種の忍者で、世間一般では、「忍者とはこのような存在」と思われていたはずである。

(2)の忍者は、忍びこんで仲間になって情報を得るタイプの忍者である。武士の世では「草」と呼ばれ、現在の日本では潜入捜査官と呼ばれたりする。絶対になくなることのない忍者(諜報員)ともいえる。

最も力を持っていたのが(3)の霊力系忍者である。
その代表的な人物の一人が大和の国を乗っ取った松永弾正久秀である。

『芳年武者牙類:弾正忠松永久秀』月岡芳年・画

配下に従えていたのが柳生一族。

新陰流兵法目録事/宝山寺所蔵

注目すべきは天狗が描かれていることである。天狗は、鞍馬山で牛若丸に武芸と兵法を教えていたともされている。

月岡芳年が描く大天狗と牛若丸。

天狗とは修験道行者や山伏の異名である。

但し、修験道といっても、誰も詳しくは知らないだろう。
その奥義を記した書物などが存在しないからである。

宮大工でも、奥義は一子口伝(いっしくでん)である。
口頭で語られる奥義を完全に覚え切ることが求められる。

そのようなものだから、決して、外部に漏れることはない。

だから、霊力が神秘化されすぎて、次のような漫画の題材として盛んに取り扱われるようになった。

杉浦しげる作画。

この原点は江戸時代の歌舞伎である。

歌川国芳「本朝水滸伝・尾形周馬寛行」(自来也)。

修験道奥義の片鱗はこの書に記している。
 
アホも利口も感染する量子テレポーテーション。

意志(粒子)と思念(波動)が相手の脳と潜在意識に突き刺さる。

この技を使えるようになると、例え相手がニューヨークにいようが、ロンドンにいようが、その潜在意識を抜き出せる。

或いは、ビル・ゲイツ氏が魔法の力と讃えた、ジョブズ氏が用いていたスーパーコミュニケーション能力を駆使できる。

これは日本の修験道(忍者)の技なのだ。

霊力系戦国大名としては、北条早雲、斎藤道三、松永久秀、滝川一益などの名があげられる。

豊臣秀吉も霊力系であり、家臣の黒田官兵衛は(2)の忍者(御師)を活用していたことが知られている。但し、秀吉は、早雲たちとは少しタイプが異なる。

籠城戦を得意とした楠正成、真田幸村も忍者系武将である。
彼らも、どちらかといえば豊臣秀吉系に思われる。

果心居士(かしんこじ)と呼ばれる室町時代末期に登場した幻術師がいる。

司馬遼太郎も出世作となった『梟の城』で登場させている。

織田信長、豊臣秀吉、明智光秀、松永久秀らの前で幻術を披露したと記録されているが、実在を疑問視する向きもある。

松永久秀とは特に親交があり、久秀が「幾度も戦場の修羅場をかいくぐってきた自分に恐ろしい思いをさせることができるか」と挑んだところ、数年前に死んだ久秀の妻の幻影を出現させ、震え上がらせた。典拠・中山三柳『醍醐随筆』。

その他、いろいろ創作的小話が存在しているが、薬物や催眠術、そして量子テレポーテーション的なスーパーコミュニケーション能力を駆使できれば、そのような芸当も可能になる。

実在を疑問視されるのは、確かなことかと思われるが、この種の幻術というか妖術というか、ある種のホラー話は実在する。人の思念はたやすく操られる。

これとは異質になるが、自身が戦闘に及んだときは百戦百勝を誇った織田信長やユリウス・カエサルは、幻術、妖術ではなく、強烈な量子を放って臣下の者たちを操ったことは史実において立証される。

『らくらく動ける意識術脳内設定瞑想法』に、その片鱗を記している。封印事項になってしまうが、私もそのような現実を幾つも知っている。

ゆえに、「最強の霊力系忍者は誰か」と問われれば、私は西ではユリウス・カエサルとイエス・キリスト、東では織田信長と仏陀、空海をあげたい。

新約聖書では、十戒のモーセ、洗礼者ヨハネがイエス・キリストの同格と記されているので、それにならえば、十七条憲法の聖徳太子、玄奘三蔵もこの範疇に入る。霊力をつきつめると、そのような結論が導き出される。

 

戦国時代の謎:織田信長の「天下布武」の「天下」はどこからどこまでなのか

織田信長の野望。
信長の野望は中途で断たれた。

このような記事をよく目にするけど、そもそも、「天下布武」の「天下」の範囲を明記した記事がないのだから、「野望」という表現は不適切だし、「野望が頓挫した」に至っては、「その根拠は?」と問いたくなる。

天下布武の「天下」を定義づけられない人たちの見識はポエムでしかない。

では、天下の範囲を示した通説はどうなっているのか。

五畿内「京に近い山城国(京都府南半部)・摂津国(大阪府北中部の大半と兵庫県南東部)・河内国(大阪府東部)・大和国(奈良)・和泉国(大阪府南西部)の令制五か国」とするのが、一般的な解釈である。

しかし、これは正しくない。

戦国時代を開いた北条早雲(後北条氏)の領地は相模(さがみ・神奈川県)だった。

徳川家康の領地の始まりは三河(愛知県東半部)で、そこから、駿河今川領(静岡県中部)を手に入れる。

やがて、豊臣秀吉の台頭によって後北条氏は滅び、家康は東の防波堤として駿河から相武国(さがむのくに・相模と武蔵。古事記表記)を含む関八州に移封される。ここが天下の東限となる。

一方、西限は『古事記」において「足柄山の坂本」と定められている

足柄山は、坂田金時(金太郎)と京都の武将・源頼光(みなもとよりみつ)の関係から二つの地にかけられている。

一つは後北条氏の風魔一族の拠点として有名な相模の足柄山(神奈川・静岡県境にある足柄峠を中心とする山地)。

もう一つは、古事記にも記されている霊山・伊吹山の山麓となる甲賀の領域と絡む近江国(おうみのくに・滋賀県)坂田郡。

坂田郡長浜には羽柴秀吉の城があった。

その対角線上に位置する琵琶湖湖南の坂本には明智光秀の居城があった。

この中間に位置する琵琶湖東岸の安土山に造られたのが織田信長の安土城である。

主君織田信長と右腕・羽柴秀吉、左腕・明智光秀の居城が近江国に集中していたのだから、ここが天下の西限とみなされる。

京の都と織田信長との位置関係から織田五大将の序列が透けてみえる。

第1位の家臣は、中国・九州制圧の軍団権を委ねられた羽柴秀吉。

第2位は、近江坂本城と丹波亀山城を与えられ、京都と信長の護衛役を兼ねていた明智光秀。

第3位は、伊賀上野の国主として関東管領を託された滝川一益。

第4位は、京から遠く離れた雪深い越前を託された最古参の家臣・柴田勝家。

第5位は、唯一軍団権を与えられなかった丹羽長秀。本能寺の変が勃発したときは、信長の三男である信孝の与力を任されていた。

近江国から西は、五芒星の総本山・京の都であり、天下の東限の向こうは四神相応(しじんそうおう)の江戸の都である。

つまり、信長の天下とは、西の都と東の都の間。しかも、六芒星・八咫烏の共和国・紀伊国はその範疇に属さない。

ここを忘却しては「天下」の画竜点睛を欠く。

このように明確な線引きをすれば、織田信長はまさしく天下を制圧し、その野望を完遂させていたと理解できる。

だから、紀伊国制圧の第一次紀州征伐の半ばで本能寺において倒れたのであり、その続きは右腕・豊臣秀吉によって果たされたといえる。

こうした図式を理解できると、「八咫烏とは何か」から、「どうして江戸の街は渦巻き状の、しかも右回りに建設されているのか」という謎も紐解ける。

【脳内設定】脳に動かされるか脳を動かすか

堀江貴文氏は、「お金がないから起業できない」は本当によく聞く言い訳だが、それはお金の本質を理解できていないからだと言う。

「お金は、信用を数値に落とし込んだツールであって、大切なのは信用であってお金ではない」とも言う。

「お金がないから起業できない」は愚かな発想だ。

たとえお金があって起業し、それで成功したとしても、事業を継続してゆくと、必ず、お金はショートするので、誰から借りる必要がでてくる。そのときに、「黒字だけどお金がないから事業は継続できない」と言うだろうか。

「10年間勤めているが給料が15万のままだ。会社が悪い。社会が悪い」という投稿に対して、堀江氏は、「君が悪い。悪いと分かっている職場に勤め続ける君が悪いのであって、社会が悪いわけではない」と回答していた。

正常な人なら、この投稿者の「自分は動かないけど、良い目をみたい」と主張する虫の良さに驚くだろうけど、実は、こうした思考の持ち主は、田舎には掃いて捨てるほど転がっている。

なぜそうなってしまうのかといえば、田舎は「均一的安楽さを享受することを第一義に考える世界」だからである。

田舎は古代的なのだ。
そして、馴れ合いは古代人の習性である。

確かに、「お金がないから」は愚かな発想だ。
しかし、問題するのは、そのような基本的な話ではない。

堀江貴文氏は、「時間がないからできないは、現状維持を選んでいるだけ」だとも言う。
ここがテーマと絡んでくる。

「何かをはじめるなら、何かを捨てなければいけない」ということは、当たり前のことだと知っておくことだ。

「朝から晩まで働いて、睡眠時間もろくにとれていない!」はまやかしだとも言う。

彼らは、不満より、欲望より、「現状維持」を望んでいるだけなのだ。
その方が楽だから。

その「楽」を維持したいために愚痴や文句を語って、「痛みや辛さを避けるための正当性」を掲げて自分を慰めているだけなのだ。

これは確かなことだ。
しかし、このような「分かり切った精神論」はいらない。

分かっていても動けないからだ。
なので、「動ける方法」を教えてあげないと何の役にも立たない。

しかし、その一方で、分かり切った役立たずの論説でも儲かるオンラインサロンが流行ったりするものだから、やめられない。

この種の「役立たずだけどキラキラした話(つまり、普通ではない特殊環境の話)」に飛びついてくる人たちは常に一定数存在しているからだ。

彼らは、興奮しながら、「オレはビッグになる。起業して稼ぐ。億万、否、ビリオネアになってやる、なりたい」などと叫び出す。

これは世界共通のだまし絵図でもある。

動けなかったから人生を浪費して今の困窮に至っている。
頑張らなかったから良い大学に行けなかった。

努力できなかったから貧乏になった。
全部正しい話だ。

正しい話だけど分かり切った話なので、「何を偉そうに語っているのだ」となってしまう。

偉そうに言うのであれば、動けるような方法を教えろ。
頑張れるようなやり方を教えろ。
努力できてリッチになれるように指導してくれ。

こうなってしまう。
しかも、「ただし」付きになる。

ただし、精神論はやめてくれ。
誰でも楽にできる方法を教えてくれ。

一流大学に行った人たちも金持ちになった人たちも、「楽にできる方法」を知っていたからそうなったのだろう。

こういう風に考えねばならない。

誰も嫌な事、やりたくない事を克服して、血と汗と涙を流して成功したわけではない。

血と汗と涙などはプロセスにすぎない。
やり始めは、決して血と汗と涙ではなかったはずだ。

堀江氏だって、死ぬ思いでライブドアを立ち上げたわけではないはずだ。
ふと思いついて、やってみたらライブドアになっていただけだろう。

アップルだって、マイクロソフトだって、やり始めた動機は「死ぬほど辛いもの」ではなかったはずだ。
気がついたら、そうなっていただけだろう。

誰だって、基本は怠け者なのだ。
これが生物仕様なのだから仕方がない。

楽な道と辛い道があって、どの道を通っても同じゴールに辿り着けるのであれば、誰だって楽な道を選択するはずだ。

ただ、成功している人たちは、なぜか「楽な道」を、換言すれば、「別に苦しいとは思わないけど正解に至った道」を選択していた。それだけの話にすぎない。

なぜ、そうと断言できるのか。
それは、一度成功して終わった人が二度と成功した試しがないからだ。

雇われ社長は別ですよ。
既に、基盤ができているところでやるから。
ここは起業の話です。

堀江氏もそうだ。

世間に自分をさらけださねばならない、ウザいはずの虚業的な成功はおさめていても、ライブドアのような新しい事業を立ち上げて展開しているわけではない。

不死鳥のように蘇って、再度事業を立ち上げて成功している人もいるかもしれないが、それはレアなケースで、ほとんどは、かつての分野での立ち上げになっている。

新しい分野で成功することは至難のワザといえる。

古今東西を問わず、「絶対に融資してはいけない人」という鉄則の第一に掲げられている人は、「かつての成功者」と言われている。

つまり、「二度目はない」。
ほぼほぼだけど全員が一発屋なのだ。

この現実が示すところは何なのか。
それは、誰も苦労して成功の道に入ったわけではないということだ。

ただし、プロセスは別だ。

プロセスでは成功者の多くは大変な苦悩を背負いながら、不屈の闘志で克服している。

これは事実だ。
しかし、あえて細く狭い門を叩いて入ってきているわけではない。

お分かりだろうか。

苦難に満ちた成功への道だって、一度、入ってしまえば慣れてしまう。
惰性のままに頑張って突き進める。

大切なのは、「門」なのだ。
細く狭く窮屈な門を、どのようにして苦痛なく入ってゆけたのか。
ここを考えることが重要になる。

自分に絶望してビルの屋上に上り、そこから飛び込んで死んでしまおうとまで悩んでいた青年が、ふと目にしたパルクールという街を障害物に見立てて飛んだり、登ったり、走ったりしている光景を見てのめり込み、そのプロになったという実話があるけど、そのようなモノだ。

誰もが尻ごみするような危険なエクストリームスポーツであるにもかかわらず、その危険性を意識せずに、ふとその世界に入ってゆく。

そのような偶然を必然に変える方法がある。

そこを知らないと、誰だって、いつまで経っても動けない。
その方法を書く前に2つだけ脳の話をしてみたい。

らくらく動ける意識術脳内設定瞑想法
 
電子書籍880円

考えたら負けのIQ知能。IQ知能やカメラアイは生物幼児型専用の知能。成体になれば、脳は結晶性知能で創造力を鍛えねばならない。記事詳細

結晶性知能の活用法

流動性知能の勉強法は、木を集めて森を作るような作業になる。

帰納法(きのうほう)的な思考方法ともいえるが、このような無思考の記憶法は30歳を過ぎると厳しくなる。だから、参考書にマーカーを入れたり、辞典を丸暗記したりする方法ではついてゆけなくなる。

(A)結晶性学習法

1冊の教科書か参考書があるとする。まず、全体像を把握する。そのためには、5回、6回、時によれば、7回、8回、記憶にこだわらずに速読する。そして、全体像がつかめたら、大別、中別、小別に分ける。

どのような難解な書籍や仕事でも分解すればいい。

分類すると簡単な話になることが多い。
そして、それぞれの分類に応じてキーワードをピックアップする。

この系列に沿う知識を覚える。

キーワードが分かれば、次々と連想ゲームのように、あるいは芋づる式に用語が浮かんでくればOKで、系列から外れた「例外事項」を脚注化すればテストへの対応は完了する。例外項目からの出題が多いからである。

(B)結晶性ビジネス対応

これも、学習法と似ている。
まず、その業界の儲かりパターンを学習する。

「何々が儲かるから。これが爆発的にヒットしているからこれをやろう」という発想は流動性知能的なので、失敗する確率が高くなる。

たとえば、白い鯛焼きとかタピオカなどの人気商品に追随する方法がこれである。

「二番手商法」「先進のテクを模倣する方法」が成功する分野とそうでない分野を見極めていないと失敗する。

基本的に、イージーにコピーできる案件は、すぐにレッドオーシャン化して失敗につながってしまう。

その分野には、その分野にふさわしいキーワードがある。

衣料品業界では、「高品質・高機能」が基本条件になる。

なので、流行のファッションやカラーを追うのは日常業務であったとしても、より重要なキーワードは「素材」「機能」「生産」になる。この視点が欠落していると流行から外れたときに大きな痛手を負う。

食品業界では、「美味しい、安い、豪華」より「コスパ」が重要になる。

キャッシュレス化を徹底して現金管理の労力コストを減らす、品目を減らす、自動化する、油管理の調理法、調理の簡便化、AIによる数値管理、女性の好みに特化するなどなどが基本的キーワードで、これに「新しい感覚と食材」などを加味する。

要するに、勝つということは、「他の競合会社にみられない、優秀な武器を幾つ作れるか」にかかっている。

とはいえ、これは特別な方法ではない。
戦国時代に、既に、織田信長が実践していた手法だ。

織田信長が短期間で天下を制圧できたのは、「長槍、鉄砲、土木工事、調略」という旧弊型の武士では持ち合わせていない武器を揃えたからだ。鉄砲に関しても、製造・修理と硝石・硫黄のルート三つをすべておさえていた。

さらにいえば、信長は「鉄砲、土木工事、調略」の三角形に照準を絞った攻撃方法を主力とした。

時間とお金はかかるが、補充が容易ではない人的損害が抑えられる。

基本トライアングルから派生する戦略を芋づる式に引き出す。
結晶性学習法の項で記した戦略である。

これらを実践できたのが、氏素性の明らかでない羽柴秀吉、滝川一益、九鬼嘉隆、蜂須賀正勝、藤堂高虎、同盟者だったけど松永久秀などの卑賎の出自の者たち、よりはっきりいえば、地に根を張った忍者たちだった。

経験則で成長した人たちともいえる。

そして、譜代の家臣たちは、彼らの風下に立たざるを得なくなった。30年も家老を務めた佐久間信盛などは追放されてしまった。つまり、「古い者」たちは役立たずとして軽視されてしまったのが、「織田信長だけに吹いていた下克上という名の戦国時代」だった。

「古いモノを切れ!」
これが勝利の基本方程式になる。

だから、IQ知能とその崇拝者も切ってしかるべきである。
しかし、これを果断、非情と反発する人たちが多数現れる。

ここが単一民族の弱点なのだけど、一理あることも確かで、「切れ!」といって、切って業績を伸ばした経営者は、ときとして、パワハラ大魔王になりがちなのも事実だ。

いずれにしても、日本人は同調圧力に弱い。
平均が好きなのだ。
だから、みんなと同じことしかやりたがらない。

それで安心感を覚える虚弱型が多い。
その代表的事例の一つが公務員志望型にる。
公より私を優先させるパラサイト思考型ともいえる。

これらはすべて古代型である。
あるいは田舎型の気質である。
それが今なお根強く息づいている。

だからIQ神話にころりとだまされたりする。
肩書にこだわったりする。
東大式頭脳を賛美したりする。

こうした物の見方は流動性知能(データ管理)では得られない。
そこは体験に基づく結晶性知能を活かさないと得られない。

ベストは全体から素早く本質を見抜くことだ。
しかし、これには結晶性を超えた能力が求められる。
頭脳などは、所詮はハード機能にすぎないからである。

生活環境と量子テレポーテーション

成体になると、生活環境(職場と住居と人)が大切になる。

ちなみに、求める環境は、「少し上の環境」がベストになる。
少し上、少し難解という刺激が人を成長させる。

環境について、少し高度だけど覚えておいて損のしない話がある。

それは、瞬間転送が可能な量子テレポーテーションの話である。

量子などの物理学用語が出てくると、反射的に拒絶反応を惹き起こす人もいるだろうけど、特に難しい話ではない。ただ、量子を厳密に理解できていない量子力学などのコピペ学者が難解に語っているにすぎない。(本人も量子の実体を理解できていない。それでも大学教授は務まる)。

量子とは物質の最小単位で、「粒子と波動」から成っている。

別に、理解する必要はない。
理解すべきは、量子は「飛ぶ」ということだ。

しかも、光速に近い速さで飛ぶ。
一瞬で地球を一周できるほどの速さと理解していればいい。

この量子は人体からも発せられている。

しかも、この量子は直接、他人の脳に刺激を与え、視覚野(しかくや)にさえ影響を及ぼしてしまう。

つまり、優秀な人たちのそばに居続けるだけで、その人の有能な量子を脳が受け取っているというわけだ。

そして逆も真なり。
勘の良い人は、「アホはうつる」を直感的に信じている。
勘の悪い人は、「アホはうつる」を笑い飛ばして無視をする。

この違いだけで、人生の損得指数は大きく変わってくる。
だから、環境は、超大切な因子になる。

安物買いは、結局はゼニ失いで、損をしている。
安物とつるんでいると、楽だけど、結局は脳的損失をこうむっている。

自然界でいえば、環境に適応できずに、敵の餌となってしまう成体である。しかし、その劣等DNAが駆逐されることにより、種の生存率が高くなる。生命体世界には、このような非情ともいえる適応進化がベースとして存在している。だから、昔の人は、今では冷酷非情と受け取られるかもしれないが、「蛇に情けをかけるな」を常套句(じょうとうく)としていた。

結晶性知能が育成できないと脳が劣化して、無条件に「新しい事柄」を拒絶する方向に進んでしまう。

有能な経営者の多くが口にするのは、「会社が躍進するためには、まず無能な役員たちを倒すことだ」である。

役員や管理職に就いている人たちが賛成した新提案は必ず失敗する。
しかし、彼らが反対したアイデアはヒットする可能性がある。

躍進している企業の代表の多くは、このようなことを発言している。
そして、それは正しい認識である。

帝国データバンクが集計した「潰れる会社の共通項」。

(1)数字に弱い。
記憶力だけではダメだということである。
数字に弱い人たちが増殖される社会は衰退に追い込まれる。

(2)人情味に厚い。
少なくとも「義理人情」を口に出してるようでは終わっている。
信用してはいけないタイプである。

某出版社の社長や某美容整形の院長も、頻繁に口にしていた。
いずれも信用できない連中としか思えない。

400年以上も前の戦国大名、柳生一族を率いていた氏素性不明の大和国(やまとのくに)(現・奈良県)の国主・松永久秀は、「わたしは正直者ゆえ、義理人情などという嘘はつきませぬ」と自身が裏切った信長に語っている。確かに、久秀は3度も信長を裏切りながら、信長が赦し続けただけの逸材だったといえる。

(3)明確な経営理念やポリシーがない。
創造性が欠落した、典型的な結晶性知能欠如型といえる。

(4)業界動向に疎(うと)く、商品知識に欠けている。
30歳を超えてなお、流動性知能に頼っていると、このような先も読めず、新しい知識も得られない老害型に転落してしまう。

「結晶性知能を使えない駑馬(どば)だ」とも、「前頭葉委縮の認知症型だ」とも陰口を叩かれてしまうかもしれない。

成体になるとIQ知能は減じてゆく

最大の問題は、AI脳的流動性知能(IQ知能)は25歳をピークに減じてゆくということである。

それは、生物の成体にとって、IQ知能はデメリットの方が大きいということを物語っている。

「IQ知能は幼児期に特化された知能である」ともいえる。

日本では、「35歳を超えたITエンジニアは使えない」と言われている。
流動性知能が失われてゆくからである。

「無思考の記憶力」が使えなくなるから、日進月歩の速さで襲来する膨大な質量に及ぶ新しいITスキルを使いこなせなくなる。IT大国の中国では、さらに厳しく、「30歳になるとITエンジニアは職を失う」と言われている。

なぜ、30歳になると流動性知能が失われてしまうのか。

それは、環境などを見極めるための「どうして」という論理性が必要とされるからである。

これを結晶性知能という。

流動性知能は、すばやく敵や餌を認識するのには適した能力である。

だから、幼児期にこの知能を使えれば、素早く敵と餌を認識できて生存に有利に働く。

しかし、生物といえども、成体になれば、「この敵の状況はどうなっているのか。空腹なのか満腹なのか。どうしたら、この敵の攻撃をかわせるのか。どうしたら、この敵をだませるのか」などの、「どうすればよいのか。どうしてなのか」という論理的思考が求められる。

結晶性知能が発達しないと、過去の事例(データ)や肩書(プロフィール)などの「死んだ情報」に頼らざるを得なくなる。この種の人たちの存在比率は、かなりのものに達している可能性が高い。

とはいえ、どうしても「無思考の記憶」に頼ったり、必要としたりするときもある。

そのときは、どう対処すればいいのか。
その方法も書いておきたい。

一つは、全体像を把握する方法の応用だ。
もう一つは、脳の仕組みを利用する方法だ。

共に、本書にて詳細を記している。
要するに、「一瞬(30秒)で不安を消す方法」の応用編でもある。

不安を消すメカニズムは、「扁桃体と呼吸中枢」の関係に見出されるが、記憶は、「海馬と扁桃体」の関係において理解すべきものとなる。

扁桃体は危機管理の中枢機能であり、それはまた喜怒哀楽の感情の発生源である。

そして、扁桃体と海馬は隣接している。
海馬はHDDのような長期記憶媒体である。

だから、激怒したときなどは、危機管理機能が作動して、過去の危機データ(つまり、怒ったときの嫌な思い出)が取りだされてしまう。

このようなメカニズムを記憶のときに用いる。
すなわち、「感情豊かに記憶した方が長期記憶化されやすい」ということである。

なので、記憶は楽しくやらねばならないし、日常生活でもワクワクしたり、興奮したりの豊かな感情を育む必要がある。逆にいえば、「うう、辛い。楽しくない。でも勉強しなければ」というネガティブな気持ちでやっていると、記憶の身につく率が低くなるということである。

いずれにしても、成人なのに、幼児型のIQ能力に頼っていては、「どうすればいいのか。どうするべきなのか」という判断ができずに「思考停止状態」に追い込まれてしまう。だから、とりあえず、何でも新しい事柄は拒絶する方向に進んでしまう。

前頭葉(ぜんとうよう)が委縮してしまうと必ず、このように思考が硬直化してしまう。

前頭葉(新哺乳類脳)は、「旧哺乳類脳の感情」を抑制する機能として発達した脳の部位である。だから、ここが劣化してしまうと感情のコントロールが効きにくくなる。

頭の悪い人、高齢に伴って前頭葉が委縮してしまった人たちが感情暴走型になってしまうのは、このような理由があるからで、人格的(精神的)な問題ではない。

そして、使える知能はもはや劣化を極めているはずのIQ知能となる。

「麒麟(きりん)も老いては駑馬(どば)に劣る」という。
駑馬(どば)とは「歩みののろい馬」という意味である。

【嘘か本当か】宇宙人は間違いなく存在する

宇宙人が存在することは事実である

(CNN) 宇宙人は間違いなく存在する。地球上で人類に紛れ込んでいるかもしれない――。英国初の宇宙飛行士の1人だったヘレン・シャーマン氏が、英日曜紙オブザーバーのインタビューの中で、そんな見解を明らかにした。

「人はたまたま今の姿形になっただけで、地球を何度リセットしても二度と人には進化しないって言われてるから、人間みたいな生命体なんて宇宙ひろしといえ居ないだろうっていうのが生物学者とか地球物理学者の大多数の意見みたい」

不思議ネットに、このような書き込みがされていたけど、これはウソである。生物学者に、どうしてそのようなことが分かるというのだろうか。

宇宙はとてつもなく広大だから、「様々な仕様の生命体がいるのでは」と考えるのは普通かもしれないが、どのように広大であっても、我々が住む宇宙の素材は同じなのだ。

基本的な素材は鉄(Fe)。

我々が住んでいるこの宇宙が死ぬとき、宇宙は鉄と化して死ぬ。この宇宙は決して多様な素材で成り立っているのではない。全ての惑星は知られた素材によって成り立っている。

そして、隕石の落下から、地球の生命体も宇宙生命体のDNAを受け継いでいる。従って、宇宙人も地球人もよく似た形態をしている。決して、突拍子もない存在ではない。

地球上の生物の多様に見える形状や模様も、全ては、二つの方程式で示される。そうであれば、全宇宙の生命体も特定の数式に基づいて姿かたちが定められているはずである。

進化というのは定義づけが難解である

しかし、少なくとも、猿から人に進化したわけではない。キリンがオカピから進化したように、猿は人類に進化する前の形態にすぎない。そこから、一定の潜伏期間を経て、化学反応的に唐突に人類が誕生した。

生物学的、或いは化学的、物理的と言い換えてもいいけど、その化学反応は自然発生的に生じたものではない。プロセスを考えると、生命体DNAは人類的形態に進化するようにセットされていると考えるのがノーマルになる。

偶然は存在しない。
全ては必然の産物である。
ただ、その数式が見いだせていないにすぎない。

地球には既に宇宙人が来ている

ヘレン・シャーマン氏がどのような理由で「宇宙人は存在し、もしかしたら、既に人類世界に入り込んでいるかもしれない」と結論づけたのか、その根拠が知りたい。

想像の産物にすぎないと思うが、それでも、人類は根拠のないことを考え出せるほど有能な生命体ではない。あり得ないことは想像できない。あり得ることしか想像できない。人類はその程度の生命体でしかない。

しかし、わたしは現実に二種類の宇宙人を確認している

ただし、その恐ろしい痕跡だけである。姿かたちは、さすがに見ることは許されていない。たとえ、見る機会があっても見えないようにされてしまう。それでも、「共に人類と同じか、極めて似ている形状をしている」と告げられている。

地球人類は不完全な生命体である

このことは、充分に認識しておかねばならない。

「この宇宙に我々のような知的生命体は存在するのだろうか」と語ることが常になっているが、傲慢不遜、笑止千万と言わざるを得ない。

人類のどこが知的といえるのか!

ほとんど猿に近い、すなわち動物に近い進化途上の生き物にすぎない。地球人が宇宙人に匹敵する存在になるには、早くても数千万年の時が必要になるだろう。ただし、ごく一部の人類は既に宇宙人の末端に加えられるほどに進化している。

宇宙人には会いたくない。

あったところで、為すべきことがわからない。但し、宇宙人の桁違いのフォースは与えられたいが、それを与えられると増長慢になるので、今のレベルでは、まず、与えられることはない。

宇宙人はそこまで愚かではない。

UFOは見てみたい。但し、現実的には、そのような物は存在していないと感じている。理論的に、或いは物理的に言って、存在しているわけがないと思っている。

もう一度言うけど、既に宇宙人は来ている。そして、宇宙人も様々であり、全てが友好的な存在ではない。多様な宇宙人がこの地球に襲来しているとは思えない。

中途半端な締めくくりになってしまうけど、我々の存在意義は、宇宙人レベルにまで進化することだけに見出される。そうしないと、他の宇宙人に滅ぼされてしまうかもしれないからだ。

地球を含めて全宇宙は常に戦い続けている。

このようなギュスターヴ・ドレの画像は描かされたものなので、基本的には事実なのですが、多くを語ることは許されていない。

 

【だまされちゃいけない】大嘘は温暖化だけでない喫煙有害説もその一つ

「温暖化ホラー話の大嘘」
という記事がJBpressから発信されていた。「」内引用文。

『「地球温暖化」の不都合な真実』(マーク・モラノ著、渡辺正訳、日本評論社)の一部を抜粋・再編集したものらしい。

「世界の気温がまた最高を記録! 極地の氷が消える! 海面が上がる! シロクマがあぶない! アル・ゴア元米副大統領やグレタ・トゥーンベリさんなど『地球温暖化脅威論』派の環境活動家は、CO2が地球の気温を上げるせいで災いが次々に見舞うと煽り立てる」

しかし、現実は、氷河の総質量は、減るどころかむしろ増えているとNASAは発表している。

南極大陸全体の5%しか占めない南極半島は、たしかに気温が少し上がっている。しかし残る95%の気温は、横ばいか低下中らしい。

温暖化などは大嘘なのだ。

なのに、テレビを含めたメディアはやせ衰えた白クマを写し、若干、気温が上がって氷が溶けだした比率5%にすぎない南極半島の映像を流す。

co2だって、幾ら日本が削減してもco2排出大国の中国、アメリカ、インド、ロシアという全体の6割近くを占める国々が排出規制をしていないのだから、まさにステマという他はない。

世界的利権組織によるステマを堂々と、しかも延々と報道し続けるメディアの闇こそが人類世界の闇そのものといえる。

喫煙もその一環に入る。

例えば、ある医師がメルマガに「肺がん全体の20%を占めるといわれる小細胞肺がんというものがありますが、実は高級住宅地の真ん中にある病院では極端に患者数が少ないといいます。タバコを吸わない人にはほとんど発症しないがんだからです」と書いていた。

これは間違った指摘ではないし、さらにいえば、肺がんは男性死亡原因の第1位、女性では第2位。しかし、現実には非喫煙者でも肺がん患者は増加している。

「喫煙者の減少により、扁平上皮がんや小細胞がんは減りつつあっても、反対に、肺の奥にできて自覚症状が比較的低いために手遅れになりがちな肺腺がんは増加している。肺腺がんになる原因としては、女性ホルモンと汚染大気の2つが有力視されている。タバコを喫わない女性に、エストロゲンの影響が大きい傾向がみられることも指摘されている」出典・OMRON

喫煙者は肺がんリスクを負うのは事実だろうけど、ある医師のメルマガでは、「自分の主張にとって不利なデータを隠して喫煙者を攻撃している」わけで、これはある種のステマ情報とみなされても仕方がない。

だから、「タバコをやめれば健康になれると思った」とか、「喫煙していたから八十歳で肺がんになったのよ」とか、さらにひどくは「喫煙者は犯罪者だ」などと言い出すバカな人たちが世間にあふれることになる。

WHOの発表を鵜呑みにしていいの?

あれだけ攻撃していた大麻を忖度でなかったことにした組織なのに。

すべては金で動いているのだ。

日本の健康において大問題になるのは喫煙より糖尿なのだ。
そして、その原因は・・・。

しかし、どのメディアもこれを追求しない。

つまり、喫煙は黒幕隠しのスケープゴートなのだ。

喫煙を攻撃している人に訊きたい。

あなたはお菓子、パン、清涼飲料水、高濃度のエストロゲンを含む牛脂などを注入して作られている「激安ハンバーグやステーキ定食」などは食べていないでしょうね。

そして、チリ産のサーモン。

この危険性を煽るのはガセネタだという反論も多い。

現実はどうなっているかといえば、「海洋保全団体『オセアナ』のチリ支部は、これまでチリの水産局とサーモン養殖会社37社を相手取り、抗生物質の使用量の公開を求めて訴訟を起こし、勝訴している。業者は抗生物質の使用量を隠している。業者によっては、病気のコントロールのために他社の10倍もの抗生物質を使っているところがある。抗生物質と並んで懸念されているのが殺虫剤の大量投与だ。その投与量はノルウェーの5倍以上に達する」出典・日刊SPA!

チリ産サーモンについては、いろいろな説が飛び交っているが、チリ国内で裁判に勝訴した「オセアナ」の主張に、最も合理性を感じる。

サーモンは危険な食材なのですよ!

サーモン好きなのに喫煙者を攻撃するのは巨大ブーメランですよ。

「おっちょこちょいな人たち」と笑われても怒っちゃダメですよ。

おっちょこちょいは事実ですから。

これらは直接の死因にはならなくても万病の元ですから、本人も様々な病状に悩まされる。

なぜ、糖尿の因子になる人工甘味料や添加物や抗生物質・殺虫剤入りの食材を攻撃しないのか。

頭のいい人はすぐわかる。

甘味料や添加物を使用しているメーカーは巨大スポンサーだ。

喫煙治療も儲かるが糖尿治療はもっと儲かる。

「災害は天の贈り物だ。これで俺たちは公共事業を通してボロ儲けできる」

そのようにダイレクトに心情を投稿した土木業者が炎上していたが、本当のことは言っちゃダメでしょう。

医療関係者は、「こいつはバカだ」と思ったはずだ。

しかし、最強のバカはメディア広報を信じる人たちだ。

風が吹くと桶屋は儲かる。

しかし、最も儲かる風はステマ風だ。

もういい加減気づかないといけないんじゃなですか?

お人好しでとろい日本の皆様方。

流動性知能(IQ)は生物の能力

流動性知能(IQ)は生物の能力

わたしは中学時代までは、教科書を見ただけで、覚えてしまった。どの行に何が書かれているかさえ一瞬で覚えられた。これは瞬間記憶能力「カメラアイ」とか呼ばれるものらしい。

しかし、カメラアイは、それほど重要な記憶力ではない。

多くの人は、「そんな能力があれば絶対に有利だ」とか、「魔法のような能力じゃないか。ぜひ、手に入れたい」とか思うらしい。しかし、それは間違った考え方だ。

わたしなどは、ただ授業中に教科書を読んでいればクラスのトップに立つことができたものだから、当然、予習も復習もしたことがなかったし、それが普通だと思っていた。

これがダメなのだ。
これで怠け癖がついてしまった。
勉強をほったらかして山や川に繰り出して遊びほうけていた。
これはこれで有効だったけど、発現性が超遅い。

昆虫も含めて、ほとんどの生物は幼児期に「記憶と学習」を学ぶ

マッチ棒の頭程度の大きさの脳であっても、記憶と学習は可能なのだ。それを可能にする能力がカメラアイなのである。だから、思考を必要としない。

論理性を無視して記憶できる。

無条件に、ただ記憶するだけ。

思考を省略して自動的に記憶しているわけで、瞬間記憶というより瞬間転写型の記憶である。

「これが意味するところは何か」という思考が入り込む余地のない記憶法ともいえる。

このような能力を流動性知能(俗にいうIQ能力)という

ほとんどの生物が持つ知的能力にすぎない。
意味不明のまま丸覚えするのだから、速度も秀逸だ。

「絶対音感」も、これに似たような能力だろうと思う。
基本的に、生物でさえ手に入れている能力だ。

よく分かる事例の一つがITである。
ITスキルは、考えてはマスターできない。
丸覚えが求められる。

ある種の天才が膨大な時間をかけて作ったプログラムを理解しようとするのはナンセンスだ。家電などのICチップと同じだ。ICチップを自作して家電を作る人などはいないだろう。圧倒的に効率が悪いからだ。

数式を含む使えるパーツは、そのまま丸写しで使わないと、次から次へと出てくる新しいデバイスやITスキル、IT言語をマスターするのに追いついてゆけなくなる。

IQ知能は「考えたら負け」の知能である

メンサと呼ばれるIQを誇る組織があるらしい。

東大卒でアドリブが全く効かない、典型的コピペ型脳機能学者が、大絶賛したIQ180台といわれる青年がTVで紹介されていた。その時は無職だった。その彼が作った音楽と絵画が紹介されていた。

鑑定した識者たちは、くすんだ顔色を浮かべて首をかしげていた。独創性のかけらも感じられなかったからだ。音楽の識者は、「これはバッハの音曲に似ていますね」といい、絵画の識者も「〇〇(誰だか失念した)の影響を感じますね」といって、共に、中級の上クラスのアマチュアにつける値段を提示していた。

要は、コピペ型知能なのだ!

クリエイタータイプではないのだ。
記憶型IQ能力なのだから、自ずとそうなってしまう。

生活環境(職場と住居と人)は大切である

その理由が、瞬間転送が可能な量子テレポーテーションの存在である。

量子などの物理学用語が出てくると、反射的に拒絶反応を惹き起こす人もいるだろうけど、特に難しい話ではない。ただ、量子を厳密に理解できていない量子力学などのコピペ学者が難解に語っているにすぎない。

量子とは物質の最小単位で、「粒子と波動」から成っている。

別に、理解する必要はない。
理解すべきは、量子は「飛ぶ」ということだ。

しかも、光速に近い速さで飛ぶ。
一瞬で地球を一周できるほどの速さと理解していればいい。

この量子は人体からも発せられている。

しかも、この量子は直接、他人の脳に刺激を与え、視覚野(しかくや)にさえ影響を及ぼしてしまう。

つまり、優秀な人たちのそばに居続けるだけで、その人の有能な量子を脳が受け取っているということになる。

アホはうつる

そして逆も真なり。
勘の良い人は、「アホはうつる」を直感的に信じている。
勘の悪い人は、「アホはうつる」を笑い飛ばして無視をする。

ちなみに、ストレスも量子テレポーテーションで脳に作用を及ぼして移る。

だから、正しい情報は伝わりづらく、逆に、感情を揺さぶる非知性的な情報や不安を煽る情報は、素早く脳に伝達される。

SNSを見れば、その愚かな傾向が一目瞭然である。だから、中国式の大量ステマが登場する。デマ、ガセ、フェイクに関わらず、量が質を圧倒する。

人類の脳は、基本的に虚弱なのだ。

この違いだけで、人生の損得指数は大きく変わってくる。
だから、環境は、超大切な因子になる。

安物買いは、結局はゼニ失いで、損をしている。安物とつるんでいると、楽だけど、結局は脳的損失をこうむっている。

自然界でいえば、環境に適応できずに、敵の餌となってしまう成体である。

しかし、その劣等DNAが駆逐されることにより、種の生存率が高くなる。

生命体世界には、このような非情ともいえる適応進化がベースとして存在している。

だから、昔の人は、今では冷酷非情と受け取られるかもしれないが、「蛇に情けをかけるな」を常套句(じょうとうく)としていた。

らくらく動ける意識術脳内設定瞑想法
 
電子書籍880円

考えたら負けのIQ知能。IQ知能やカメラアイは生物幼児型専用の知能。成体になれば、脳は結晶性知能で創造力を鍛えねばならない。

【コラム】ゾーン瞑想法と潜在能力 ①東大生は子供脳

(1)東大生は子供脳

TVで十数名におよぶ赤門前インタビューを観た。

彼らは、「どこの大学生ですか」と訊かれたときは、ほぼ全員が「東京大学です」と答える。

「東大です」とは言わない。
なぜなのか。

その理由は、「東大というと傲慢に聞こえやしないか」と思うかららしい。(そんなことにこだわっているのか)と少し驚いた。

食事に関するうんちくにも驚いた。

食事する時は、これまた、ほぼ全員が「カロリーを単価で割って計算する」と答えた。コスパがいいかららしい。どうやら、栄養には興味がないらしい。食べるお菓子も、脳に糖分を補給するサプリ風のものらしい。どうやら、添加物には目がゆかないようだ。

「栄養やそのバランスを軽視した食事はコスパが悪い」とは感じないのだろうか。「美味しいと感じる食事が身につく食事である」ということにも考えが及ばないのだろうか。

このあたりで、彼らの思考回路が読めてくる。
かなりマニュアルチックだと。

勉強法はクソだった。

「どのような勉強法をしてきたのですか」という問いからは、「圧倒的な記憶型」であることが分かった。趣味は国語辞典を読むことだったから、椅子に縛りつけて勉強し続けたまで、基本的に、ほぼ記憶型の学習方法だった。

彼らは、その勉強法が「生物幼稚型」であることを認識していないようである。これでは、東大卒の多くが「社会人として使えない人たち」とみなされて落後してゆくのもやむを得ないと感じてしまう。

「彼らの多くは、人格性に欠けるから社会に出ると脱落してゆくのだ」という論調を見ることが多いけど、こういう指摘は感心しない。

人格の定義も語れないような人たちが、「人格欠落」というざっくりした現象表現しかできていないからだ。因果の説明が全くなされていないからだ。このような分析しかできない人たちも、幼児型思考者なのかもしれない。

ちなみに、日本のトップ企業であるトヨタにおける2019年度時点の役員構成計30名の中に占める東大卒は3人である。この比率は名古屋大学、一橋大学、慶応義塾大学と同じである。

外国の大学を除いて、ほぼ国立大卒(総計19名)で占められている。私大は慶応(3名)と神奈川大学(1名)、同志社大学(1名)だけ。やはり、国立大卒の地頭は高い。トヨタの役員に所属する東大卒の人も結晶性知能を備えた有能な人たちなのだろうなと推測できる。

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